 |


──さて、そのSHOW-YAですが、1990年前後の当時と2006年の今、何か変わった部分はありますか?
寺田 復活ライブには当時聴いてくれていた方々も多かったですし、最近聴き始めた若い方とかも来てくれていました。私のブログ等に中学生が書いてくれたりもします。あと親世代から引き継がれて、その子供が聴いてくれると言うのもありますね。
──例えば現在の日本の音楽シーンは、J-POPといえど当時からは想像もつかない程、CLUB MUSICやRAP調の曲があったり、JAZZの要素があったりで、様々な音楽スタイル、ジャンルが氾濫しています。SHOW-YAと言えばやはりハードロックですよね。音楽業界的な見方としては今回の復活をどう捉えられているのですか。
寺田 そうですね、実はまた『ハードロックの波』が絶対来る!!って思ってたの。それで五年前に一度SHOW-YAの再結成を持ちかけたんだけど、一旦流れて...(苦笑)、五年かけてメンバーを説得して復活したんです。正直、昨年復活できなければもう次は無いと思っていました。タイミング的にやる意味が無くなってしまうってね。私としては『波が来る前に先に波を起こさなければいけない』って言う発想なんですよ。それは、今日、明日と言うのじゃなくてね、マーケティング論では無く直感的に『波が来そうな、"風"って言うのがある』わけで。その『風を感じ取って、"波が来る前に"仕掛けていかないと、波が来た後ではもう遅い』でしょ。
──うーむ、なるほど。深いなあ。
寺田 それと富士通テンさんなんかもそうでしょうけど、『モノを作る作業って、作ってすぐ世の中に出回る訳じゃないでしょ?』。やはり、タイムラグがある訳で...。だからその『波が来た時に"ドン!"と出て行けるだけの準備をしておかなければいけない』それは私たちSHOW-YAも一緒で、もう14年も皆でやっていなかったけど、もうすぐ来るであろうロックの波に乗るには、20周年と言うちょうど良いタイミングがあるわけで、コレを逃す手は無いと思って、早くやらなきゃ!!って、メンバーへの凄い説得を始めたと言う訳なのです。
──もう時効だと思いますが(笑)、当時、寺田さんがSHOW-YAを脱退したのはご自身の意思ですか?
寺田 そうです。裏切り者!って手紙を沢山もらいました(苦笑)。当時、レコーディングをしていたLAのスタジオから事務所に電話して「辞めます」って。結局それから実際には一年半かかりました。当時メンバーからは、感情で一時の思いつきだと感じたかもしれません。でも、当時の私の想いを書き綴っている日記みたいなノートがあって、そこに”0”(ゼロ)と言う文字が節々にやたら出てくるわけね。このまま自分が見えないままやっていくより、バンドも含めて一度リセットしたほうがいいみたいな気持ちがずっとあった。当時はアンプラグドでアコースティックな、一発入魂的な音に凄く惹かれていた時期でもあったし..それが一番ロックぽいんじゃないかとね(笑)。あの頃はアメリカ進出の悩みもあって、私は原点に戻りたいと言う所で食い違いがあったんだよね。
──そして今、復活されて正直感想はどうですか?
寺田 私もメンバーも手応えは良いし、リスナーも喜んでくれている感覚はあります。ただ、悔しいのは若い人たちと未だ余り接点が無いと言うところかな。若いファンはちょっとづつ増えているけど、アーティスト同士の部分とかね。例えば、どこかの夏のロックフェスみたいなものに出て、そのつながりを感じたい所はありますね。もっと、沢山の人に私たちを聴いてほしいと言うか、感じてほしいと言うか。ステージングの自信は誰にも負けないと思ってますので、そう言う機会を増やしていきたいかな。
──やはり、私を含めファンの皆さんが待っているのは、ニューアルバムだと思いますよ。
寺田 もちろん出しますよ。候補曲のストックも沢山出来上がってきてます。だからこそ、ただ出せばいいと言う状況ではないのよねー。多くのファンを『良い意味で裏切る』のなら構わないんだけど、『違う意味で裏切りたくない』と言うのが正直なところ。だって、このブランクの14年でメンバーもそれぞれやってきた音楽が違うし、私がギター弾いたりMacで曲作り始めた事はSHOW-YAにとっても大きな変化だと思うし。歌い方も変わったしね。
──僕の経験で言えば、長年やってたバンドと言うのは時々ジャンルを逸脱する傾向があって(笑)、元々ハードロックなのに、アルバムごとにPopになってみたり、Hip Hopになってみたり、ある意味冒険と言うか浮気したりするものですが...。
寺田 私たちは王道で、ロック道を突き進みますよー!!!違うジャンルはソロでやればいいと思うし、今こんなのが流行っているから取り入れようとか、そう言うのは私達には無い。ただ、その時、その時々のロック道と言うのはあると思いますよ。だって、ロックってフィジカルでしょ?私たちは60や70歳になってもやるつもりですが、その年齢でガンガン、ヘッドバンキングするのは辛いだろうし(笑)。あ、リスナーもね。
──さて、もう間もなく神戸、東京でのコンサートがありますね。皆さんへメッセージをお願いします。
寺田 今後の自分たちの目標としては、とにかく命ある限りSHOW-YAを続けます。昔から女バンドの先頭を切って、テレビや雑誌等のメディアに沢山出て、世の中にハードロックを広めてきました。当時から若者から年配の方迄に市民権を得ようと頑張ってきた。だって『市民権を得なければやっている意味が無いでしょ?一部の人にウケればいいやで独りよがりでは何も広がらないからねー』皆と一緒にロックをいつまでも楽しめる様にしていきたいです。ステージはエンターテイメントに徹しますし、今度の神戸/東京公演はぜひ最新の私たちを観にきてほしいですね。
──では、最後に寺田さんにとってスピーカーとは何ですか?
寺田 私たちを映し出す『鏡』かな。その『鏡』はできるだけ歪みが無く、私たちをダイレクトに姿が映し出せるものがいいと思うなー。ECLIPSE TDシリーズスピーカーの様にね(笑)。そういえば、私が小さい時に自宅に大きなスピーカーがあったのを憶えています。いつも音楽があった家だったので...。
──ちなみに寺田さんの名盤はなんですか?
寺田 最初に買ったレコードはアニメでした。小学5年の頃からハードロックを聴き出したので、名盤はカルメンマキ&OZの野音ライブですね。
──今日はありがとうございました。
寺田 じゃあ、また〜。アリガトウございました!! |
 |