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──さて、お話は佳境に入ってきました。そろそろまとめてみたいのですが、カルロスさんとして音楽へ対峙する時のテーマみたいな部分はどのあたりなのでしょう?
カルロス ずばり『パーフェクト ミーンズ ナッシング』ですかね。つまり、完璧はあまり意味が無い事なのだと。NYのプロデューサーと仕事したときによく言われたのですが、我々はアンサンブルなどにしても、重箱の隅をキチッツと突っつく訳ですよ(笑)。ここがちょっとずれたとか、そこがちょっと違うとか。音楽の全体の本質を見ずに、ある一点でしか見ていないというか。それが、日本人の美徳でもあり、ものすごい武器なんだけどね。でも彼らに言わせると、そんなものは何の意味も無いだろうという訳です。
──微妙な揺れやゆらぎこそが、音楽全体としてのグルーブの素だ、みたいなことろですか?
カルロス そういう事です。そこに揺らぎが無ければいけないとかね。例えばリズムアンサンブルだって、「ビターッツ」と揃っていれば良いのか?それが本当にベストなのか?という所なんです。それより、そのズレこそが、本当は気持ち良さだったりするという事なんでしょう。沢山楽器があって、ある意味デチューンしているから面白いみたいなね。
──非常に人間的ですね。それもまた音楽なんだと。
カルロス そうなんですよ。話が最初に戻ってきますが、ラテン音楽の楽しさというのはそういう所にあるんです。沢山のミュージシャンが、各々色んなパートを奏でていれば、少人数編成のときより、様々なファクターがそこに入ってくる。もちろん、デメリットに働く部分もあるけども、それを踏まえた上でメリットの方が遥かに何倍も大きい訳です。それが、非常に人間的な魅力に感じるのです。ラテン音楽の楽しさは、音楽アンサンブル全体のパワーやポテンシャルにこそあるんです。
──深いですね。
カルロス スピーカーも最終的に、それを感じ取れるかみたいところにある。1本数百万のスピーカーもありますが、音楽を作る側からすると、そんなスピーカーで聴いてくれる人だけに向けてCDをつくってしまうと大変なところがあるでしょ。
──モニタースピーカと同じもので聴けばレコーディングと同じ環境だと言う様な理論もありますね。ちょっと意味が違いますが、ドルビーで録音すればドルビーで聴けみたいな。
カルロス それは、何にでもつきまといます。スピーカーだけに限らず、絵画だってそれを描いたシチュエーションで鑑賞しろと言われても無理ですし、ナンセンスですからね。だからこそ音楽は顕著な例で、レコーディングモニターに「何」を求めるのかという、その「何か」こそが重要なんですね。
──聴く場所も違う訳ですしね。CDもあればライブもある訳でしょうから。
カルロス つまり基準をどこに置くか。あるひとつの基準として、音楽を作るとき(レコーディングする時)に何をチェックするか?なんです。僕はパーカッショニストですから、音のアタック感ももちろん重要ですけど、もっともっと音楽として大切な部分がある。本当はライブやコンサートなどの生演奏に音楽の本質が有ったりする訳ですが、そんな音楽の大切な部分や瞬間をちゃんと再現出来る。それがECLIPSEだったのですね。
──なるほど...とてもよく解りました。それでは、最後に皆さんにメッセージをお願いします。
カルロス とにかく僕らはラテン音楽という楽しくもゴージャスなエンターテイメントを届けていますので、ぜひCDを聴いてもらって、ライブにも足を運んでほしいですね。そして、そこで感じた潤いを普段の生活にフィードバックしてもらえれば嬉しいですね。
──本日はどうも有り難うございました。
カルロス どうも有り難う。
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