ECLIPSE   
 
     
  ステレオファイル(Stereophile)誌 2007年1月号掲載
TD712zスピーカー試聴レポート </5>
 
     
  Robert Deutsch著  
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  セットアップ

 ECLIPSE TD712zの設定は、驚くほど簡単でした。スピーカーエンクロージャーは3本のボルトで固定して正確に支柱の上に乗り、そして角度調整ボルトを設定しやすくするための型紙が付属しています。私は通常の試聴位置で最も焦点が合って音の良さそうなレベル(0°)に設定しました。このために時間を無駄にすることはありませんでした。脚部の調節は本当に簡単であり、支柱にスパイクが無いという事は、良い位置を見つけるために、スピーカーを本当に容易に動かしまわれることを意味します。

 私の部屋では、ECLIPSE TD712zの位置は他のスピーカーの場合とほぼ同じで、私の聴いている位置とで事実上二等辺三角形をつくる位置に置いて、私に向けました(まっすぐにではありませんが)。私はスピーカーの向きを決めるのにレーザー・ポインター使うのが好きで、左右のエンクロージャーがそれぞれ私の左右の耳を向いていることを確かめます。しかしTD712zのエンクロージャーは曲面の為、レーザー・ポインターの一貫した位置決めが出来ませんでした。私は、眼球で位置合わせを行うため片目を閉じて、スピーカーが私に向いているかどうかを判断しました。ECLIPSEは位置決めに関して敏感過ぎるようには見えませんでした。

TD712z
1つのドライブユニットからフルレンジサウンド

 私はECLIPSEに3つのアンプを使いました。Audiopaxsの Model 88と、PrimaLunaのProLogue Seven monoblock tubeアンプ、そして、PS AudioのGCC-100のデジタルインテグレーテッドアンプです。TD712zは、これらアンプ各々の性格の違いを赤裸々にしました。スイッチ切替えで、これらアンプ各々の性格の相違を直ちに明確に表現しました。3つのアンプはそれぞれが異なるポイントで良くマッチしていましたが、私が総合的に最も気に入ったのは、オーディオの世界の美しさのほとんど(全部とはいえないが)を兼ね備え、より良い低音とより音に信頼できるPrimaLunaでした。TD712zの比較的低い感度と、PrimaLunasの余裕のあるパワーの結合が、その要因であったのかもしれません。ECLIPSEの音についての私のコメントは、この組み合わせで進めます。

サウンド

 まず最初に、否定的なコメントを述べたいと思います。ECLIPSE TD712zはあまり大音量と重低音は出ませんでした。弱点はただそれだけでした。いろいろなCDやLPを再生してみると、ECLIPSEとのシステムは、明瞭性、透明性、分解能、音色の正確性と、ただ息をのむほどの音像定位を持ち合わせていました。このスピーカーは特に声の再生において、生身の感覚がするほど優れており、そして他のスピーカーにある機械的共鳴音の存在が無い事にも気づきました。通常我々はこれらの共鳴音をやむを得ないとして受け入れ、心の中でそれらから注意をそらしています。

 TD712zの通常のスピーカーとの違いは、これらの共鳴音が単にそこになく、注意をそらすべき音も存在しなかったという事です。これはもちろん完全なる真実では無く、こういったメカにおいて共鳴音が全くないということは不可能であり、ただTD712zは事の他低レベルであり、音楽と同様に録音・再生プロセス等他の要因によるひずみによって覆い隠されていたという事です。この共鳴音や音の色付けが無く、音源との間の透明性についてのこの感覚は、私が以前所有していたオリジナルのESL-57等のQuad社の静電型スピーカーを思い出させました。

 私がTD712zを特徴づけるために使ってきた2つ言葉は、透明性(transparency)と分解能(resolution)です。私は透明性という言葉で、スピーカーや他のオーディオ機器が音楽に付加するわずかな音の個性を可能な限り表現し、それによって我々は録音エンジニアが正しく仕事をしているのかを推測しながら録音状態を判断したり、ミュージシャンによって作られた音がスタジオで録音されたのか、あるいは他のどこかで行われたのかを判断します。
最高の状態というのは、一種の音のタイムトラベルであり、このTD712zは、多分私が他のどのスピーカーでも聴いたことが無いほどの状態を再現しました。生のレコーディングに、特に説得力がありました。

 "Mario Lanza's 1958 Royal Albert Hall concert"(CD:ロンドンでのライブ,RCA 61884-2)でオペラ"Cilea's L'Arlesiana"の"Lamento di Federico"を聴くと、音の絶対的な美しさとそしてこの才能にあふれたアーティストがあまりに若くて死んだことを思って、私の目に涙があふれました。私のアバンギャルド社のスピーカー"Uno"はリスニングルームに演奏者を連れて来ているように見せること(the they-are-here effect=彼らがここにいる効果)がうまいが、しかし、ECLIPSEは私を録音現場(the I-am-there effect=私がそこにいる効果)に移動させることに優れていました。

 
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